すみれ会

すみれ会 栃木県女性経営者100人

陶芸家

やさしく、深く、愉快に〝壁画プロジェクト〟

林 香君

市民の力、芸術が社会を動かした

今まで大学で教鞭をとっていたこともあり、指導者、研究者の立場からのさまざまな国のさまざまな地域での調査研究やワークショップの体験が、対峙する社会と芸術について常に考える機会となっています。

2009年、スロベニアでのワークショップに参加しました。この地域は内戦で国が7つに分かれたため、芸術大学が唯一ベオグラードに残ったのです。芸術が失われてしまう危機感を持った市民が個人のつてで世界中のアーティストを集め、独自のワークショップを展開。市民の力はやがて国を動かし、予算がつくようになりました。芸術が人や社会を動かした、すばらしい例です。社会は太古から、そのステイタスとして文化を育て、芸術を支えてきました。芸術教育の効用がさまざまな分野で実証されている近年、その役割と可能性を追求することも、私の大切な仕事となっています。

言葉からイメージをふくらませて形に

2009年に、宇都宮市立西小学校で最初に実施された〝壁画プロジェクト〟は回を重ね、2012・2013年は宝木小学校で1年生から6年生まで全校生750人を対象に行いました。全長約100m近い壁画を23クラスで完成させる試みで、目的は全員で協力してひとつの作品を仕上げることでした。

壁画プロジェクトでは、壁画の題材を決めるための読書から始まります。どの作品を選ぶか、作品のどの場面をどのように構成するか、さらには言葉からイメージをふくらませて画像化するために、子どもたちは読み込みをくりかえすことになります。

 2011年の東北大震災以後、私は宮澤賢治の物語を使うことにしました。難しいことがやさしく、しかも深い、深いのに愉快に表現された物語だからです。独特で豊かな表現は子どもたちを容易に物語世界にひきこみながら、生命の尊厳や自然への畏敬の念、宇宙の壮大さを教えてくれると考えたからです。子どもたちがそのメッセージにふれ、理解しようとすること、そこに知性や感性の芽吹きが訪れるのです。

 それぞれ話し合いながらできたモチーフを構成して、色で染め上げていきます。分担して大画面を構成するわけですから、つねに部分と全体を考えなければなりません。最初に誰かが置いたモチーフを起点に色調やバランスを考え、修正しながらモチーフを重ねていきます。短い時間に判断や決定をくりかえし、イメージを共有するためのディスカッションもかかせません。観察、情報分析、発想、行動そして表現…。壁画プロジェクトでは脳のあらゆる部分を使います。チームで目的を達成するためには理解や協調、交渉力や統率力も必要とされますが、こうした人間形成教育にこそ、芸術は真価を発揮するものだと信じています。

印象に残っているのは、学級崩壊寸前のクラスが一瞬にして創造集団に変貌したこと。何人もリーダーが登場し各チームを牽引して、皆ががぜんやる気になりすばらしい作品を作りあげたのです。どの子も持っている底知れない可能性を実感した出来事でした。

 埋もれている才能は、人間の根幹そのもの。子どもたちのその〝生きる力〟をなくしたくない。大人の私たちにできることは、その力を真剣に探してかかわってあげることなのです。同時に社会の支援は必要なことです。社会が子どもたちの育ちに、真剣になってきていると感じています。

102歳目指し精進完成形のない芸術へ

 今、一人の芸術家として、総合プロデュース、アートディレクションする時期が訪れたと感じています。昨年は新作「BORNEO・生命(実)の形」を発表しました。手びねりで形を整え、4つの接点でバランスを保つなど、進化した技術や釉薬の研究、ガラスも取り入れました。

2014年、ボルネオを訪れました。クチンという町のサラワク大学のワークショップに招へいされ、ジャングルの乱開発で赤土がむき出しになり、痛めつけられた植物はそれでも芽を出しています。焼いた森からふつふつと芽を出す生命力に〝人類を許し続ける地球〟をテーマに作品制作を試みています。

 自然や子どもたちとのこうした感性のやりとりが、日々創作にも新しい息をふきこんでくれていると思うのです。そして日光の自然を連続化していく『華厳』の試み、そして『ゼロ』シリーズなども、私のライフワークとしてずっと続けていきたい作品です。

いつも触発されエネルギーに変えながら完成形のない芸術に向き合い、先達である片岡球子先生、小倉遊亀先生に習い、102歳をめざして精進してまいります。

profile

朝日陶芸展グランプリ、現代工芸大賞、栃木県 文化奨励賞、マロニエ文化賞を受賞。日展特選、 NHK 会長賞、MOA 美術館岡田茂吉賞招待。ア メリカ、イギリス、ドイツ、トルコ、中国、マレー シア、などに作品収蔵。自治医科大学こども医 療センター内外装デザイン。建築空間アート設 計。環境芸術として壁画プロジェクトを展開。