すみれ会

すみれ会 栃木県女性経営者100人

株式会社 中川自動車

100年企業に向けて先代からのバトンを受け継ぐ お客様第一に誠心誠意、仕事をするだけ

代表取締役

中川 房子

先代の逝去で、 創業半世紀の会社のトップに

 昭和39年3月9日に創業、以来54年になります。車の整備、販売、レンタカーなどの車両関連の事業、さらに保険業を営んでいます。車といっても扱っているのは、普通乗用車はもちろんですが、大きな柱は塵芥車、クレーン車、コンテナ車などといった業務用の特装車という車両になります。その車両メーカーの指定工場として整備点検を主に行っています。いわゆるガテン系の男の職場ですが、その会社のトップに女性である私が立っているのを不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。

 実は平成27年1月、先代の社長である夫を亡くし、4代目の社長に私が就任したのです。結婚後10年ほどは専業主婦をしておりましたが、27年前から仕事を手伝うようになり、夫が倒れてから6年半は私が先頭に立ってやってまいりました。社長就任時、不安で翌朝目が腫れていることが何度もありましたが、創業以来お付き合いいただいている飲料メーカー様を始め、お客様にも恵まれて、暖かく迎え入れられたのは大きかったですね。

新時代を見据えて社名も変更 緊張感を持って仕事

この代替わりを契機に、会社名もこれまでの「㈱中川自動車整備工場」から「㈱中川自動車」へと変更しました。整備業がメインではありますが、車両販売、レンタル業務などもそれぞれ会社の大きな柱となるようにということで、変更したというわけです。

 社長という肩書きになったからといってやっていることが変わるわけではありませんが、気持ちとしては心のどこかで夫に頼っていたのが、スパンと気持ちが切り替わったところはありますね。確かに介護をしながらでしたから、時間に追われる日々でしたが、これからは100%仕事に打ち込もうという気持ちでやっています。預かっている社員とその家族の生活を背負っているわけですから、逃げることはできません。これまで先代が繋いで大きくしてきた会社、創業54年の会社を100年企業にするために、どう継続させて行くか、そのことばかり考えています。

 人間というのはともすると毎日の仕事の中でつい楽なほうへ行きがちですが、それはダメだと肝に銘じて緊張感を持って仕事しています。お客様は見ていますよね。いいところもダメなところも…。正直に一生懸命やっていれば、努力していれば、よくも悪くも自分に帰ってくると思いますから手は抜けません。女だからと甘えた気持ちはありませんが、女だからこその繊細さときめ細やかな対応で、お客様のニーズを掴んでいけたらな、と思っています。

時には攻めの姿勢で 会社の基盤を盤石にする

弊社の事業は先ほどいいましたように、車の整備・販売・レンタカー・保険が4本柱となっています。会社経営において、この4本柱があることは大変心強い。どれか一つが一時的に低迷しても他のビジネスがそれを補ってくれますから。やはり安心感がありますね。

 実は、レンタカー部門ですが、やはり特装車に限っているのですが、20年ほど前に夫がやろうと言った時、私は反対しませんでした。1台1000万円近くする車を所有することになるわけですから、経理担当としては「ちょっと待って」と止めるのが普通かもしれません。でも私は「一か八か」が嫌いじゃないんです(笑い)。むしろ夫の背中を押したくらいです。それに私は安定した公務員の家から商家に嫁いだので、もっと商売を盤石にしたかったんですね。今ではインターネットのお陰もありますが、県内だけでなく南は東海から北は東北までの広い範囲でお客様がいらっしゃって、8台の車が稼働しています。やはり会社の基盤がしっかりしてきたと思います。

コツコツと地道に、そして「ここぞ」という時は攻めに出る、そういう精神で、そしてお客様第一でこれからもやっていきます。「情けは人のためならず」とよく言いますが、人様に尽くせばいつかは自分に返ってきます。人事を尽くして天命を待つ、ですね。夫が亡くなった後、大きな仕事が入ってきて創業以来の忙しさなのですが、これも夫がそれまで誠心誠意仕事を続けてきたことのお陰です。次の世代にバトンタッチするまで頑張っていきたいと思っています。

profile

宇都宮市生まれ。子供の頃は父親の転勤に伴い県 内を移り住む。JTB や蛇の目ミシンなどに勤務後、 結婚。協同組合宇都宮車検センターの理事を務め る。モットーは「情けは人のためならず」「笑う 門には福来たる」。趣味はガーデニング。元気な 両親(96 歳と94 歳)の顔を見に行くのが息抜き。

株式会社 中川自動車