すみれ会

すみれ会 栃木県女性経営者100人

オマージュ

キャリアチェンジで学んだホスピタリティと その後の逆境が導き出した現在。

代表
接遇コンサルタント・マナー講師

冨沢 三輪子

看護師から航空会社の キャビンアテンダントへ

 社会人生活をスタートさせて以来、さまざまな経験を経て、現在の仕事にたどり着きました。変化に富むその道を歩いたり、走ったり、時には止まったりしながら進み続け、1年半ほど前から接遇コンサルタント、マナー講師としての新たなキャリアへ向け、努力する日々です。


私の仕事は、具体的には企業に対しヒアリングをしながらサービス向上のためのマニュアルを作成したり、研修などの提案によってクライアントのイメージアップをはかること。それには、過去に就いた二つの仕事が非常に役立っています。


その一つは看護師。神戸市立看護短期大学卒業後、神戸の市民病院に正看護師として3年間従事しました。当時は非常に多忙で、日々患者さんのケアだけで精一杯。それでも、病に苦しむ患者さんを前に懸命に看護にあたりました。この職場で学んだことは数知れませんが、どれも私にとって貴重なものでした。


そして、もう一つが飛行機の客室乗務員への転身。看護師として働くかたわら、ひょんなことから客室乗務員になる夢が膨らみ、トライすることを決意。幸いなことに国内航空会社の客室乗務員に採用され、関西をベースに全国を飛び回るという第二のキャリアが始まりました。客室乗務員としての勤務はおよそ10年。その間、ファースト客室乗務員の資格を取得し、チーフパーサーにも昇格するなど、それは充実した毎日でした。


看護師とキャビンアテンダント。一見まったく異なる仕事ですが、実はこの二つには大きな共通点があります。それはどちらも「ホスピタリティ」が欠かせないこと。ホスピタリティとは、〝おもてなし〟や〝思いやり〟であり、人に接するときに持つべき大切な要素です。医療や福祉の現場はもとより、あらゆるサービス業や人との関わりで、それは必要不可欠であり、高い「人間力」を要求されることでもあります。仕事を通してそれらを身に着けることが出来たのは、とてもありがたいことでした。

平凡な幸せを一変させた 病との闘い

その後、出産・職場復帰したものの両立が困難になり、退職。縁あって関西から栃木へ生活の場を移し、専業主婦の暮らしが始まりました。平凡ながら幸福な毎日に転機が訪れたのは今から2年前です。二番目の子どもを妊娠中に突然、難病である「ギランバレー症候群」を患い、それまでの生活が一変したのです。この病気は感覚・運動神経の障害を引き起こします。箸はおろか紙一枚つかむことが出来ず、歩くことすら出来なくなりました。すぐさま入院となり、医師からは全く元通りという回復は難しい、障害は残るだろうと言われました。〝これからの私は、どうなるのだろう。子育てなんてできるんだろうか〟目の前は真っ暗で毎日泣いてばかりいました。そんな大きな不安を抱える私を支え、励まし続けてくれたのは家族とこれから生まれてくる子どもの存在。それがなければ、この苦難を乗り越えられたかどうかわかりません。

苦難を乗り越えて見えて 来た新たなシーン

苦しい6ケ月もの入院生活は、それまでどちらかというと受け身だった私をがらりと変えてくれました。〝機能障害は残ったが動けるようになった。これからはもっと今を大事にしよう。有意義な人生にしよう。そして家族の笑顔のためにも私自身がもっと輝こう!〟という想いが頭をもたげてきたのです。そして、今の私に何ができるかを考えて導き出した答えが、かつて学んだ〝ホスピタリティ〟を仕事に生かすことでした。こうしてできたのが「オマージュ」です。日常の中でオマージュ(尊敬・敬意)する人から学び、そこに自分らしさを加えながら次は、自身がオマージュされる人へと成長していくことを願って名づけました。かつて共に働いていた客室乗務員の仲間も講師として参加。おもてなしのスペシャリストである私たちならではの接遇マナーを伝えるために日々活動しています。これもキャリアチェンジと逆境での学び・家族・たくさんのご縁のおかげです。この恵まれた環境への感謝を忘れず一歩づつ歩いていきたいです。

profile

兵庫県生まれ。宇都宮市在住。
正看護師として神戸市立中央病院で3 年間勤務した 後、全日本空輸株式会社に入社。客室乗務員として 約10 年乗務する。結婚、出産、難病を経験するうち、 社会的なホスピタリティの必要性を強く感じ、「オ マージュ」設立。接遇コンサルタントとして活躍。

オマージュ