すみれ会

すみれ会 栃木県女性経営者100人

作 家

栃木の自然、人、歴史が織りなすさまざまな物語を、 魂の言葉でつむぎ続けて

水樹 涼子

結婚、子育てを経てその後に やって来たデビューの時

 栃木県に生まれ育ち、そこに息づく人々や自然、歴史などをモチーフに小説を書き続けて20年あまり。世に出した著作も10冊を超え、栃木県の作家としても地域に貢献できつつあるのではないかと自負しています。

 もともと書くことが好きだった私が作家を志したのは学生の頃。高校在学中に所属していた文芸部で短いものをいくつか書き、大学では日本文学を専攻しながら長編の執筆も始めました。しかし、そのまま作家活動に傾倒していったわけではありません。大学卒業後、数年でごく普通の結婚をし、2人の子どもにも恵まれましたが、その時の私にとって家庭と執筆活動の両立はとても難しく感じられ、しばらくは主婦業に専念することにしたのです。もちろんさまざまな葛藤はありましたが、自分自身が決して器用ではないがゆえに、作家としての生活を一時的に諦めざるを得ませんでした。

 活動を再開する転機はその10年後に訪れました。子どもたちが幼稚園や小学校に通い始め、ようやく時間に余裕ができ始めた時、自分の周囲にとある思いがけない悲劇的な出来事が起こったのです。それは自分の身に直接ふりかかったことではありませんでしたが、私はそのエピソードを無性に書きたいという思いにとらわれました。そして半年で書き上げたのがデビュー作である『花巡り』です。この本は東京のある出版社から発行され、初版こそほぼ自費出版のような形態でしたが、幸いにしてよく売れたので、それ以降は出版社の企画ものとして版を重ねることができ、私も初めての印税を手にすることができました。

苦労や不運、不幸は作家に とっての〝心の栄養剤〟

 デビュー作を出版した会社は私にとって編集者ともどもとても信用でき、頼りがいのある存在でした。1作目が高く評価され、実績が認められて続く2作目、3作目も同社で出してもらい、作家活動もいよいよ軌道に。非常に充実した日々でした。

 しかしながら〝好事魔多し〟です。順調に著作を続けていた矢先、信頼していた出版社があるトラブルに巻き込まれ、倒産してしまったのです。担当の編集者も去り、私は深い喪失感に襲われました。今でこそ信頼関係にある出版社は地元にもありますが、当時の私は計り知れない精神的ダメージを抱え、途方に暮れてしまったものです。

その後も大小さまざまな苦労がありましたが、一つ幸いなのは不運や不幸は作家にとっては〝心の栄養〟ともいうべきものと、私自身がポジティブにとらえることができたということです。たくさんの涙を流せば流すほど、苦悩すればするほど、人の心の琴線に触れる作品が創造できる。今なおそれを信じ、自分が体験することはすべて自身の人生の一部として受け入れ、創作の糧にしようと考えています。そして苦難の果てに作り上げた作品に込めた想いが読み手に伝わり、心を震わせるものだとしたら、私にとってそれにまさる喜びはありません。

小説は〝魂の入れ物〟。そのときどきの喜怒哀楽やあらゆるものに対して感じる想い、さまざまな体験などを人生の心象風景として心に投影し、それを納める箱のようなものです。これからもその箱の中に魂が放つ小さなきらめきを宿していきたい。そんな風に願っています。

また、今後は栃木県の知られざる偉人をテーマにした歴史小説を書きたいと考えています。今まであまり知られていなかった人に光を当てることで、地元の歴史をさらに世に広めることの一助になれば、私としては嬉しい限りです。

各々の価値観・人生観を尊重 し、自分らしい日々を

 かつての私は仕事と家庭の優先順位や自分自身のあり方に自問自答を繰り返す日々でした。働く女性が今なお抱える問題ともいえます。しかし、仕事と家庭は決して二者択一のものではありません。どちらにウエイトをかけていくか、どういうバランスが自分にとってベストなのか、人それぞれその時々の自由な選択でいいはずです。さまざまな価値観や人生観が存在する世の中だからこそ、人間らしく生きていきたい。それが長く小説を書いてきて得た、私のゆるぎない想いです。

profile

栃木県鹿沼市出身。作家(小説・台本・歌詞・エッセイ)。日本ペンクラブ会員(会 報委員)。鹿沼高校時代は文芸部に所属し、東京女子大学で日本文学を学んだ後、 結婚・出産を経て執筆活動を再開。デビュー作『花巡り』(電子書籍化済)は栃 木県芸術祭文芸賞を受賞。他に、栃木県文化奨励賞受賞、鹿沼市「ふるさと大使」、 栃木県「とちぎ未来大使」。執筆活動の傍ら、NHK 文化センター創作講座講師、 獨協医科大学非常勤講師を勤める。主な著作に『岸辺に生う 人間・田中正造の 生と死』『聖なる衝動 小説・日光開山勝道上人』、演劇台本『天地と共に』(2013 上演)、音楽劇台本『日光開山』(2016 上演)など。